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アスペルガー疑いの2歳の息子あいたんの毎日。


by koromokoaitan
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カテゴリ:母のこと( 4 )

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お友達の出産祝いを探しにデパートへ。
出産祝いも選び終えてエスカレーターにのっているとパッと目に入ってきたバッグ。
衝動買いしてしまいました!

型押しのシンプルな黒革のバッグ。
衝動買いは衝動買いなのですが、ここ数年ずっと探していた黒い革のバッグです。
まさに理想どおりの形でした。

7年前、結婚する時にある程度必要な物は買い揃えましたが
慶弔用ではないシンプルなバッグだけは気に入るものが見つからず
その後ゆっくり探すつもりでいました。

でも、こういう物ってやはり出会いなのでしょうね。
探している時には見つからず、全く探していない時に限って出会う。
この先これ以上の物に出会う機会もそうそうないだろうと思い購入することに。


これから入園・卒園・入学・・・など節目節目で思い出を重ねる大切な
バッグになりそうです。
by koromokoaitan | 2013-03-13 14:47 | 母のこと

母の生きづらさ

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今日はあいたんが楽しみにしている「おべんとうの日」。
朝からドラえもんのハンバーグとドラミちゃんのおにぎりを作るべくキッチンに
立ったのですが・・・横にはあいたん。

あいたん:「おかあさん!ドラえもんの目のチーズはもっと小さく切らないと!」
「もう1回やり直してみて!」だの・・・あいたんなりに応援?してくれました。
完成したお弁当を大事そうに抱えて登園しました。


さて、今日は少し私の事を書こうと思います。
今まで「生きづらさ」ということを改めて考えたことなどはなかったのですが、
過去の自分を振り返ってみると「もしかしたらこれを生きづらさというのかな?」と
最近思うようになりました。

小学1年生の時、海外赴任をしていた父の元で生活をする為に日本を離れる
ことになったのですが、その半年前に日航機事故があり飛行機に対するイメージ
が恐怖以外の何物でもありませんでした。
数日前からその事ばかりを考え「乗らない、行かない」とグズグズグズグズして
いたそうです。・・・が、乗らないわけにはいかず。
その後も飛行機に乗る機会は何度もあったのですが、自分なりに対処法を
考えてしのいでいたようです。

対処法=(離陸着陸時はきちんと座りますが、ベルトサインが出ていないときは
シートの上に体操座りになり頭からすっぽりブランケットをかぶる。)
何度も乗るうちに多少はマシになった飛行機恐怖症ですが、パターンが変わると
ダメでした。

小学5年生の時、二階建て飛行機の二階部分に乗ることになったのですが・・・
二階だからといってより揺れるわけでもないのに当時の私は「揺れがひどくなる!」
と思ったのかパニックをおこしました。

飛行機恐怖症は大人になっても続き(かといって乗れないわけではない)
友達と旅行をする時も頭からすっぽりブランケットでしのいでいました。
ですが、この飛行機恐怖症治ったみたいです。
それは20代後半。新婚旅行の行きのフライトでした。
まぁ、いくらなんでもブランケットすっぽりは夫が恥ずかしいだろうと思い
被るのを我慢したのですが、これが全然恐くなかったんです。
おそらく不安感がなかったのかな?
今までは「もし自分が乗った飛行機が落ちたらどうしよう?まだあれもしたいし
これもしたいし、結婚だってしたい。」という思いがあったのでしょうが、
新婚旅行の時は「一人じゃないから、何があったとしても夫も一緒だから
大丈夫。もう、結婚もしたし・・・」なんて考えがふと頭をよぎった記憶があります。

飛行機はじめ動く密室恐怖症だった私。
エレベーター、観覧車、ロープウェイ等が苦手でした。
同じ動く密室でも車は自分でドアを開けて降りることが可能な為恐くはありません。


20代後半で飛行機恐怖症も克服?して、もう動く密室に対して恐怖感は
ないつもりでいたのですが・・・

先日用事があって一人で40分ほどノンストップのバスに乗る機会がありました。
行きはよかったんです、一人でバスに乗るということが新鮮でなんだかワクワク
すらしていましたから。
ですが、帰りのバスはほぼ満席状態で通路を挟んで反対側の座席に座って
いた方が少し挙動不審(なように私には見えた)だったので不安感MAXに。
自分の意思とは反対によくない事ばかり頭の中に浮かんできて・・・
「もしこのバスがバスジャックされたらどうしよう・・・」「通路挟んで隣だから
まず私にナイフがつきつけられるかも・・・」などとそんなことばかり。

どうもまだ完全には克服できていなかったようです。


こういう部分ってやはり「生きづらさ」というものなのでしょうか。
ただ、生きていく上で困り感は特に感じていなかったようなので
やはり生きづらさとは言えないのかな。

まぁ、乗り物に乗る度にこのような状態になるのであれば周りから見れば
十分困り感に属するような気もしますが・・・。
by koromokoaitan | 2013-02-27 09:50 | 母のこと

音楽と映像の関係性

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<音楽と映像の関係性>・・・なんだか専門的な内容のようですが、

はじめに断っておきます、全く専門的な話ではありません!

ものすご~く個人的な内容です。

あいたんではなく私自身の事なのですが、皆さんは例えばふいに懐かしい曲が

流れた時どのような状態になりますか?

私は昔よく聴いていた思い入れのある曲がふいに耳に入るとその頃の様子が

テレビを見ているような感じで頭の中で映像が展開されていきます。

曲を聴いて懐かしくて当時を思い出しているというわけではなく自分の意思とは

関係なしに映像は流れていくのです。

例えば受験時によく聴いていた曲とかだと勉強机に置いていたキャンディーの

瓶やスリッパやブランケットまで鮮明に浮かんできます。

ただそれを覚えているかというとそれはまた別問題で音楽がきっかけで出てきたに

過ぎないという感じ。

もう10年も近く前になりますが、夫とお付き合いしていた時に車の中でよく聴いて

いた曲などが流れてくると特に思い入れがあるような日の出来事でもないのに

当時の会話と映像までが浮かんできます。

ただ、自ら曲をかけて聴いた時はこのような事はおこらないようです。

・・・で、私は今まで何十年もこれは普通だと思っていたのですが最近はじめて

そうではないということを知りました。

なんだか第三者になって自分の過去の出来事をドラマ仕立てで見ているようで

面白いといえば面白いのですが・・・。

夫には私のこの感覚は理解できないと言われましたがもしかしたらあいたんは

似たような感覚を持っているのかもしれません。

ふいに流れた音を聴いて「これは赤の色だね~。」「これは黄色だね~。」と

よくブツブツ言っていますから。

あいたんの頭の中で音はどのように見えているのかちょっと覗いてみたいなぁと

思ったりもしますがこれは幼い子供ならではの感覚的な捉え方なのかもしれませんね。
by koromokoaitan | 2013-02-22 15:59 | 母のこと
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連続投稿になりますが、先ほどの記事を書いていてふと思いました。

あいたんの正義感の強さは誰に似たのだろう?

・・・・・・・・・・はい、私でした。

自分ではなかなか気付かないのですが、夫に言わせると変に正義感が

強く融通がきかないと言われたことがありました。

思い返してみると確かにそうかもしれない。

私の意見って確かに「正論」です。

ただ、夫に言わせると「正論だけで物事が進むほどこの世の中単純では

ないし、あなたの正論が相手にとって正論かどうかは別だ。」と。

融通のきかなさはこのような出来事からも分かると思います。

義母の命日、お彼岸と義兄宅に全員集合してお寺さんがお経をあげに

こられるのを待つのですが・・・法要が終わり、駅まで小さなあいたんを

連れて行くのは大変だからと義兄が車で送ってくれると申し出てくれました。

ですが、義兄の車にはチャイルドシートがありません。

(義兄のところは子どもが大きく、今のようにチャイルドシートが義務化されて

いませんでしたので完全に好意で車に乗っていくように申し出てくれました。)

このような場合どうするのがベストなのでしょうか?

チャイルドシートなしでも乗せてしまう人もいるでしょう。

それがいいとは私は思えませんが、実際にはいると思います。

私はといえば・・・頑なに拒んでしまいました。

「チャイルドシートがないので、駅まで歩きます。」と。

お断りするにしても方法があるだろうに、あまりにストレートすぎますよね

今思えば。

夫にも後で「よかれと思って言ってくれているんだからもう少し言い方が

あるだろう。」と注意されました。

確かにごもっとも!

ですが、その時の私としては「法律で決まっているんだからダメなものは

ダメ!!」ということしか頭にないんですよね。

思いがあまりにストレートに口に出てしまうので大人な対応ができないのです。

そして夫に対しても「法律で決まっているのに何をどうしろと言うのだ?」と

反抗的な思いを抱いてしまい、その後に私のとった行動は・・・

携帯用のチャイルドシートを即購入しました。

「これをいつも携帯していればいつ同じような状況になっても大丈夫でしょ!」と

夫にはあきれられました。

そういう問題じゃないと。

相手の好意を無にせずに上手に断る方法を覚えなさい・・・と。

こういう場面は車だけに限らずいくらでも今後出てくるから携帯用チャイルド

シートを購入したことは問題の解決にはならないと。

思いかえせば小学校時代から変わっていないのかもしれません。

長くなりますがよろしければもう少しお付き合いください。



小学3年生の頃、大型のマンションに住んでおり学校から帰るとマンション内で

遊ぶのがこのマンションに住む子どもたちの日課になっていました。

(事情があり子どもだけでマンションから出て遊ぶというのができない地域に

住んでおりましたので遊ぶお友達というのは限られていました。)

学年関係なしに仲良くしていたのですが、私は一学年上のKくんという男の子

と特に仲良しでした。

このKくん、4年生の女子にとても人気があり私がKくんと仲がいいのが

おもしろくなかったのか4年生の女子全員(3人)に無視をされ

その4年生女子に強制され他学年の女子も私と一緒に遊んでくれなく

なりました。いわゆるイジメですね。

こんな時、普通はどうするんでしょうね?

Kくんと遊ぶのを辞めて目立たなくして4年生女子にこびる?

私がとった行動は「女の子と遊べないなら男の子と遊べばいいや~」と

Kくんはじめマンション内の男の子と毎日毎日遊びました。

そのうち男の子たちが私をいじめているから・・・と4年生女子達を

非難しだしたのです。

すると4年生女子3人が我が家にあやまりにやってきました。

私の母は4年生女子から事情を聞き、ひとまず玄関で待たせて

おいてベランダで遊んでいた私のところに事情を説明しにきました。

私の母:「〇〇ちゃんたちがあやまりに来ているけれどどうするの?

ここに連れてきていい?」

私:「別に〇〇ちゃんと遊びたいとも思わないからあやまらなくていいよ~

って言っといて。」(この時のことはよく覚えていますが決して強がって

の発言ではないのです)

・・・ですが、どうしてもあやまりたいという女子達の熱意に負けて?

母がベランダに女の子たちを連れてきました。

女の子たち:「無視してごめんね。ゆるしてくれる?

また一緒にあそぼう。」

私:「あ~、別に〇〇ちゃんたちと一緒に遊びたいと思わないから

あやまらなくっていいよ。用事が終わったら帰ってね。」

女の子たち:「ごめん。どうやったら許してくれるの?」

私:「いや・・・全然怒ってないし。それに私に悪いことしたと

思ってあやまりにきたっていうわけじゃなくって、男の子達に

色々言われてそれが嫌であやまりにきただけじゃないの?」

結果的にこの後も私の言いたい放題が続き結局4年生女子達

我が家のベランダで大泣きだった記憶が・・・

でも、私はいじめられているという感覚もなかったしその女の子達と

遊ぶということが自分の中では全く大事でもなかった。

だから遊べなくてもどうでもよかったし、あやまりにくる意味もわからな

かった。ただ男の子達に非難されだしていてもたってもいられなくなった

からだろうなぁぐらいにしか思わなかったのです。

なのでただ正論を言ったまでで、人の家のベランダで大泣きする

4年生女子の心情のほうが理解できないのです。

おまけに「あやまりにきといて泣くなんておかしいんじゃないの?」とまで

言ったそう。私の母はこのやりとりを見てわが子ながらひいてしまい

ついつい4年生女子のフォローにまわったと大人になってから

言われました。

こうやってあらためて思いかえしてみると正義感が強いというより

当時の私はただの性格のきつい女の子なのかも・・・

ま、あいたんはこんな母の性格を色濃く引き継いだようです。

あっ、ひとつ書いておきますがすこ~し気が強いかもしれない母ですが、

いじめる側にまわったことは一度もありません。

決していい子ぶって書いているわけではなくそこまで人に興味がない

んですよね~。正直どうでもいいって思っていたんですよ。

いわゆるインナーワールドにひきこもることが一番の楽しみだったので

友達との関係って私の一番の楽しみを邪魔される対象という認識

だったのかもしれません。

当時の私の好きな遊びといえば、漫画や小説の続きを延々と想像して

そこに自分も登場させて楽しむというものでした。

傍から見るとただ座っているだけ。でも楽しいんですよね~。

インナーワールドで楽しむ・・・という遊びは実は結婚するまで

続きました。今もたまに寝る前にしています。

昔ほど集中して何時間もすることはなくなりましたが、見ていたドラマの

結末に納得がいかないときなどはストーリーを作りなおして

頭の中で展開していき自己満足してから寝るようにしています。

タイトルとは随分内容がずれてしまいましたが、母も結構個性的なのか?
by koromokoaitan | 2013-02-21 10:46 | 母のこと